RIKACOは現在何をしている?プロフィール・渡部篤郎との結婚と離婚後の生き方を徹底解説
モデル、タレントとして長年活躍してきたRIKACO(りかこ)。俳優・渡部篤郎との結婚や2005年の離婚、2人の息子の子育て、そして飾らない言葉で語るライフスタイルが、幅広い世代の関心を集めてきました。
2026年10月現在、60歳を迎えたRIKACOは、テレビやファッション分野での活動に加え、ライフスタイルブランド「LOVE GIVES LOVE」の代表としても活動しています。60歳から新たな学びに挑戦する姿も報じられ、かつての「カリスマ主婦」というイメージだけでは捉えきれない生き方が注目されています。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- プロフィール:1966年3月30日生まれ。13歳でモデルデビューし、旧芸名の村上里佳子から現在のRIKACOへと活動を広げた。
- 結婚・家族:1993年に渡部篤郎と結婚し、1994年生まれの長男・渡部樹也と1998年生まれの次男・渡部蓮を育てた。2005年の離婚後も、子育てをめぐる考え方を発信してきた。
- 2026年の現在:タレント業に加え、ウェルビーイングやオーガニックをテーマにした事業を展開。60歳からフラワーアレンジメントを学ぶなど、新しい挑戦を続けている。
【RIKACOとは何者?】本名・年齢・身長・旧芸名をプロフィールから整理
RIKACOは、1980年代以降の日本のファッションやテレビ文化を語るうえで欠かせないモデル・タレントの一人です。ファッションモデルとして注目を集めた後、バラエティー番組や情報番組、俳優業などに活動の場を広げ、率直な物言いと自分らしいスタイルで知られるようになりました。
LDH JAPANの公式プロフィールによると、13歳でスカウトされ、モデルとしてデビュー。人気雑誌のモデルを務めながら、ファッションアイコンとして支持を獲得しました。芸能活動と並行して、食や美容、環境に配慮した暮らしにも関心を深めています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | RIKACO(りかこ) |
| 本名として紹介される名前 | 吉川莉加子 |
| 生年月日 | 1966年3月30日 |
| 2026年の年齢 | 60歳 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長 | 169cmと紹介されている |
| 血液型 | A型 |
| 旧芸名 | 村上里佳子、村上理佳子 |
| 所属 | LDH JAPANの公式プロフィールに掲載 |
| 主な活動分野 | モデル、タレント、ライフスタイル関連事業 |
| 家族 | 元夫は俳優の渡部篤郎。息子は渡部樹也、渡部蓮 |
旧芸名の「村上里佳子」は、現在のRIKACOという表記を知る人にとっても押さえておきたい名前です。活動初期からテレビに出演していたため、過去の番組映像や記事では旧芸名で紹介されることがあります。「村上理佳子」という表記もあり、過去の芸能活動を調べる際には両方の表記が手掛かりになります。
なお、本名として掲載される名前と、離婚後の戸籍上の姓は区別して理解する必要があります。2018年の日刊スポーツの報道によると、RIKACOは離婚時、息子たちが姓を変えたくないと希望したことを受け、自身は渡部姓で新たな戸籍を作ったと説明しています。芸名、本名として紹介される名前、戸籍上の姓は、必ずしも同じ情報ではありません。

【経歴を年表で解説】モデルからタレント、実業家へ
RIKACOのキャリアの特徴は、モデルとして築いた知名度をテレビ出演へとつなげ、さらに子育てやライフスタイルの発信を事業へ発展させてきた点です。一つの肩書にとどまらず、人生の節目に合わせて活動の幅を広げています。
LDH JAPANの公式プロフィールでは、モデルとしての活動に加え、女優やタレントとして映画、ドラマ、バラエティー番組、CMなどに出演してきた経歴が紹介されています。テレビでの存在感を確立した後は、食育やオーガニックへの関心をライフスタイル分野へつなげました。
主な経歴を時系列で整理すると、次のようになります。
- 13歳:スカウトをきっかけにモデルデビュー。
- 1980年代以降:ファッションモデルとして活動し、テレビや雑誌へ活躍の場を広げる。
- 1993年:俳優の渡部篤郎と結婚。
- 1994年・1998年:長男と次男が誕生し、育児と仕事を両立する生活へ。
- 2000年代:『ここがヘンだよ日本人』などのテレビ番組でも知られ、歯に衣着せぬ発言が話題になる。
- 2005年:渡部篤郎と離婚。その後は子育てや自身の生活について発信を続ける。
- 2009年:食育などをきっかけとしたオーガニック関連の活動を展開。
- 2020年:ライフスタイルブランド「LOVE GIVES LOVE」を立ち上げる。
- 2025年:同ブランドのイベント「LOVE GIVES LOVE Gathering vol.3」を開催。
- 2026年:60歳を迎え、フラワーアレンジメントの学習など、新しい分野にも挑戦する。
テレビタレントとしてのRIKACOを印象づけた番組の一つが『ここがヘンだよ日本人』です。さまざまな立場の出演者が議論する番組で、RIKACOも自分の意見を明確に示しました。二宮清純がテリー伊藤に物を投げつけた場面では、「当たったらどうするのよ!」「何で投げつけるのよ!」と強く抗議したことが知られています。
こうした場面からは、単に場を盛り上げるだけでなく、危険な行為や納得できない言動に対して、その場で異議を唱える姿勢がうかがえます。率直さはRIKACOの持ち味である一方、強い言葉が視聴者の受け止め方を分ける要因にもなりました。
また、仕事と子育てを経験するなかで、食や美容、環境に配慮した暮らしへの関心を深めていきました。公式プロフィールやブランドの紹介によると、オーガニックアドバイザーなどの資格も取得しています。モデルとして培った美意識を、日常生活や商品づくりへと応用してきた点が、現在の活動につながっています。
【渡部篤郎との結婚・離婚】その後の関係と名字をめぐる事情
RIKACOは1993年、当時同じ事務所に所属していた俳優の渡部篤郎と結婚しました。1994年に長男、1998年に次男が誕生し、2人の子どもを育てながら芸能活動を続けました。
2人の結婚については、同じ芸能事務所に所属していた時期を経て夫婦となったことが公に知られています。一方、交際開始から結婚に至るまでの細かな経緯や、夫婦間の事情のすべてが公表されているわけではありません。結婚生活の実態を理解するうえでは、確認できる節目と、本人たちが語った内容を分けて捉える必要があります。
2005年12月、2人は離婚しました。離婚後のRIKACOは、2人の息子を育てながら仕事を続け、子育てや家族との向き合い方についてテレビ番組などで語ってきました。
離婚後の関係を考えるうえで重要なのが、子どもたちの父親と母親としての役割です。2016年のスポニチの報道では、離婚後も渡部篤郎が息子たちと食事や旅行に出かけていたことが紹介されています。RIKACO自身も、離婚は大人の事情であって、子育ては一緒に続けていくという考えを語っていました。
また、2018年の日刊スポーツの報道では、RIKACOが離婚後も渡部姓を名乗る事情を説明しています。息子たちが名字を変えたくないと希望したため、自身は渡部姓で新たな戸籍を作ったという内容です。姓をめぐる選択には、離婚によって子どもたちの生活環境まで大きく変えたくないという、母親としての判断が表れています。
ここで押さえたいのは、離婚したことと、親としての関係が終わることは同じではないという点です。RIKACOの発言や当時の報道からは、夫婦関係の終了と、父母として子どもを支える役割を分けて考えていたことが読み取れます。ただし、現在の元夫婦の私的な交流については、公に確認できる情報と個人的な推測を混同しないことが大切です。
【息子は渡部樹也と渡部蓮】長男の脚本・演出活動と次男のモデル経歴
RIKACOには、長男の渡部樹也と次男の渡部蓮という2人の息子がいます。1994年生まれの長男は脚本や演出などの舞台分野で活動し、1998年生まれの次男はモデルとして活動してきました。近年は、息子たちがそれぞれ自分の仕事や生活を築いていることも報じられています。
長男・渡部樹也は、舞台の脚本や演出に携わる人物です。2022年に出演したテレビ朝日系『徹子の部屋』についてのスポニチ報道では、RIKACOが長男について、作家を目指して舞台の脚本を書いたり演出を手がけたりしていると紹介していました。2025年の報道でも、俳優、脚本家、演出家として活動する人物として取り上げられています。
脚本家や演出家の仕事は、出演者として表舞台に立つだけでなく、物語や舞台全体を組み立てる仕事です。母親がモデルやタレントとして広く知られている一方で、長男は自らの表現活動を通じてキャリアを築いています。母親の知名度だけでなく、本人の仕事の内容に目を向けることが、経歴を正しく理解する手掛かりになります。
次男・渡部蓮は、モデルとして活動してきた人物です。2022年の『徹子の部屋』出演時、RIKACOは次男について、モデルの仕事をしながら海外の仕事にも取り組み、将来的には海外で活躍できる俳優を目指していると語っていました。2025年の報道では、俳優としての活動も紹介されています。
ただし、2022年当時に語られた将来の目標と、現在の活動実績は分けて考える必要があります。海外での活動を目指していたという発言は、当時の本人の紹介に基づくものであり、その後の仕事の詳細すべてを示すものではありません。
RIKACOは、息子たちが幼かったころにはプライバシーを守る姿勢も見せていました。2002年の正月、ホノルル国際空港で報道陣に撮影された際には、子どもが写真に写ることに強く抗議したと伝えられています。一方、子どもたちが成長した後には、テレビ番組などで息子たちについて語るようになりました。
この変化は、親として一貫性がないというよりも、子どもの年齢や状況に応じて公表する範囲を変えてきた姿として理解できます。2025年には、息子たちへの感謝や家族への思いを自身のSNSで発信したことも報じられました。息子たちが成人した現在も、母親としての思いを大切にしている様子がうかがえます。
【RIKACOの子育て論と家事観】男女平等を求める姿勢の背景
RIKACOが長く発信してきたテーマの一つが、子育てと家事を母親だけの責任にしないという考え方です。自身も仕事を続けながら2人の息子を育ててきた経験から、家庭のなかで男女がそれぞれ役割を担うことの必要性を語ってきました。
子育てについては、「よく食べ、よく寝て、よく遊び、よく勉強する」という考え方を大切にしていたと紹介されています。子どもに生活習慣を身につけさせるとともに、家事も手伝わせていたとされます。家庭の仕事を親がすべて引き受けるのではなく、子ども自身も生活を支える一員として参加するという発想です。
「男も家事をするべき」という姿勢も、RIKACOの子育て論を特徴づけています。家事を女性だけの役割と考えず、家族全員で分担することを求めてきました。子どもに家事を手伝わせることも、日常生活のなかで自立心を育てる方法の一つとして位置づけられます。
男女の役割分担をめぐっては、過去に「夫が帰ってきても妻が家事をしない」「化粧をしていない」といった意見に対し、女性だけに責任を求めるのは違うという考えを示していました。女性の魅力を減退させる責任は男性側にもあり、双方に責任があるという趣旨で反論したとされています。
この発言の背景には、家庭の雰囲気や夫婦関係を女性だけの努力で維持すべきだとする考え方への疑問があります。家事や身だしなみを女性の義務と決めつけるのではなく、夫婦それぞれが相手との関係をつくる責任を持つべきだという主張です。
一方、しつけについては、過去に「時にはお尻を叩いて気づかせることも必要」という厳しさを含む持論も語っていました。この考え方は、現在の育児観から見ると賛否が分かれる部分です。RIKACOの子育て論を理解する際には、家事分担や自立を重視する考えと、当時のしつけに関する発言を分けて捉えることが重要です。
RIKACOの発信が共感を集める理由は、理想的な家庭像を掲げるだけでなく、自身が仕事と育児を両立してきた経験をもとに、家庭内の役割や親子の距離感について具体的に語っている点にあります。家庭のあり方はそれぞれ異なりますが、家事を誰か一人の負担にしないという考え方は、今も多くの家庭にとって身近なテーマです。
【RIKACOの現在・2026年最新】LOVE GIVES LOVEと60歳からの新しい挑戦
2026年のRIKACOは、タレント活動に加え、ライフスタイルブランド「LOVE GIVES LOVE」の代表として、ウェルビーイングや環境に配慮した暮らしを発信しています。ブランドの公式紹介によると、2020年に立ち上げ、未来の世代に何を残せるかという視点から、日常の選択や自然との調和を大切にする活動を続けています。
「LOVE GIVES LOVE」では、オーガニックスキンケア商品を扱うほか、スタジオでのワークショップなども展開しています。RIKACOが取得したオーガニックアドバイザーやアロマ関連の資格なども、こうした活動と結びついています。モデルとして磨いてきた美意識を、外見だけでなく、食事や香り、心身の健やかさを含むライフスタイル全体へ広げているのが特徴です。
2025年9月には、自ら主催する「LOVE GIVES LOVE Gathering vol.3」を東京・北青山で開催しました。2025年10月の@DIMEのインタビュー記事では、イベントのテーマや人とのつながりを育む取り組みが紹介されています。芸能活動に加え、自分の価値観を形にした事業を運営していることが、現在のRIKACOの大きな特徴です。
さらに、2026年9月には「60歳からの新しい挑戦」として、憧れていたフラワーアレンジメントを学ぶため、1年かけてプロコースに通うことを自身のSNSで明かしました。この投稿は、めざましmediaでも紹介されています。年齢を重ねても、新しい技術を学び、時間をかけて身につけようとする姿勢が反響を呼びました。
同年10月には、京都での一人旅について発信し、一人で過ごす時間が心地よく感じられるようになったという心境の変化も伝えています。日刊スポーツの報道では、かつて恋愛を中心に考えていた自身が、今は自分を大切にしたいという気持ちへ変わってきたことを語ったと紹介されました。
こうした近況を見ると、RIKACOの現在は「元夫と離婚したタレント」「2人の息子を育てた母親」という過去の肩書だけでは説明できません。自分の時間を楽しみ、事業を運営し、学び直しにも取り組む一人の女性として、活動の幅を広げています。
テレビでの発言やSNSでの率直な言葉には、共感する人もいれば、強い表現に距離を感じる人もいます。近年のファッションやライフスタイルの投稿については、メディアが「素敵」「自然体」といった反応を紹介することもありますが、それだけで世間全体の評価を断定することはできません。
RIKACOの人物像を理解するうえで大切なのは、昔のテレビでの強い発言だけを切り取らないことです。若いころのモデル活動、子育て期の家事観、離婚後の生活、そして60歳を迎えてからの挑戦を時系列で見ると、環境や関心の変化に合わせて生き方を更新してきたことがわかります。
【RIKACO】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:RIKACOの本名・年齢・身長は?
A1:RIKACOは1966年3月30日生まれで、2026年10月現在60歳です。プロフィール情報では身長169cm、血液型A型と紹介されています。本名として吉川莉加子が掲載される一方、離婚後の姓については本人が渡部姓を名乗る事情を説明したと報じられています。
Q2:RIKACOと渡部篤郎はいつ結婚・離婚した?
A2:1993年に結婚し、2005年12月に離婚しました。2人の間には、1994年生まれの長男・渡部樹也と、1998年生まれの次男・渡部蓮がいます。離婚後も、子どもたちの父母として子育てを続ける考えをRIKACOが語っていました。
Q3:RIKACOの息子は何をしている?
A3:長男の渡部樹也は脚本や演出などの舞台分野で活動しており、次男の渡部蓮はモデルとして活動し、俳優としても紹介されています。本人たちの仕事や活動の詳細については、それぞれの公表情報や報道を確認することが大切です。
まとめ:【プロの結論】RIKACOの現在と人物像をどう見るか
RIKACOは、13歳でモデルデビューし、テレビタレントとして知名度を高め、渡部篤郎との結婚・離婚や2人の息子の子育てを経験してきました。旧芸名の村上里佳子として活動していた時期から、現在のRIKACOとしてのライフスタイル発信に至るまで、そのキャリアは複数の転換点を経ています。
離婚後の生き方を理解するうえでは、元夫婦としての関係と、子どもたちの父母としての関係を分けて考えることが重要です。また、長男の渡部樹也と次男の渡部蓮は、それぞれ脚本・演出やモデル・俳優といった分野で活動しており、母親の知名度とは別に本人たちのキャリアを捉える必要があります。
家事や子育てについてRIKACOが示してきた考え方には、家庭内の負担を女性だけに背負わせないという一貫した問題意識があります。一方、過去のしつけに関する発言など、時代や価値観によって受け止め方が異なる部分もあります。人物像を判断する際には、発言の時期や背景を確認することが欠かせません。
そして2026年、60歳を迎えたRIKACOは、ブランド運営やライフスタイルの発信に加え、フラワーアレンジメントの学習にも挑戦しています。これまでの経験を振り返るだけでなく、新しいことを始め、自分の時間を楽しむ姿が現在の活動を象徴しています。
RIKACOを知るための判断基準は、過去の話題性の高い発言や離婚報道だけで人物を決めつけず、公式プロフィール、本人が語った内容、報道された時期ごとの活動を合わせて見ることです。モデル、タレント、母親、そして起業家という複数の顔をたどることで、RIKACOが自分の価値観を大切にしながら歩んできた道筋が、より立体的に見えてきます。 (出典: rikaco(Yahoo!ニュース))